新たな創造へ進む

2022年01月01日

教化部長 坂次 尋宇

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三木町の嶽山から長尾方面を望む

 新年あけましておめでとうございます。皆様方と香川県民95万人のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
 さて、コロナウイルスの感染拡大状況も昨年暮れから終息の方向に進んでいる様に見られますが、また新たなオミクロン株が国内でも発見され、油断の出来ない状況です。吾々人間もコロナ禍の様な色々な困難が出てこようとも、「神・人間・自然の大調和」を祈りつつ、新型コロナ感染の問題を乗り越えるべく進化して行かなければなりません。

『聖経 真理の吟唱』13頁の「久遠いのちを生きる祈り」には次の様に示されています。
「わたしは今、心を明るくして、神霊の前に坐するのである。神は永遠の歓喜であり、無限の法悦であるから、わたしが心を明るくして相対するとき、たがいに心の波長が同調して神の歓喜と法悦とがわがものとなるのである。
 わたしは神の子であるのである。宇宙普遍の神霊が個性的な表現をとるために、ここに生を享けたのが人間であり、私である。
 それゆえに、私の実相は霊であり、聖なるものであり、久遠なるものであり、不滅なるものであり、病まざるものである。その実相を自覚するがゆえに、私は現実に、今、聖なる者であり、久遠の生命を「今」生きつつあるのである。
 「久遠」と「今」、「普遍」と「個」、「無限」と「有限」とがいまここに私の生命において一体となつているのである。それゆえに私は、今普遍を支配し、無限を掌中に握り、「個」にして同時にあらゆる徳行を成就するのである。
 無限の新しき創造の力が普遍なるものの中から、自分に流れ入って、輝かしき華となって咲き出るのである。わが想うところの構想は神の無限の創造力から生み出されたものであるがゆえに、常に建設的なるものであり、必ず好き成績をもって成就するのである。
 神の無限の創造はたゆみなく継続して杜絶えることはないのである。それゆえ、神の創造もまた無限につづいて中絶することはないのである。神の創造には、二度と同じものが繰り返されることはない。それと同じく私たちの構想も二度と同じものが繰り返されることがないから、わたしの発想は常に溌剌として新たなのである。(後略)」

 コロナ禍によって人間が集注することや移動が制限されたことで経済的に大きな被害を被った業種もありますが、地球温暖化の問題を考えれば二酸化炭素の排出量が大きく減少したといえます。これからの社会のあり方を対面型とリモートとの両方を駆使しながら、新たな経済活動を創造していく必要があります。そのためには常に神の導きを受けるために、日々三正行の実践をしていきましょう。